肝臓の手術は侵襲(負担)の大きな手術であるため、なるべく身体への侵襲を少なくすることに留意し診療を行っております。当グループでは、日本内視鏡外科学会・技術認定医および日本肝胆膵外科学会・高度技能専門医が全ての手術を担当しており、安全性と質の高い手術を心掛けております。また腹腔鏡を用いた肝臓手術を積極的に行っております(2019年8月までに約300例)。安全性と根治性を第一に考慮し、術式選択を含め患者さんに負担の掛からない手術方法を提案させていただきます。術前に3次元画像解析システム“SYNAPSE
VINCENT”3D-CTを使用し、手術のシミュレーションに用いています。さらに最近では、切除すべき腫瘍の場所を正確に把握、認知するナビゲーションシステムとして、ICG蛍光内視鏡システム“PINPOINT”を導入しました、これによって、腫瘍までの正確な距離や肝切除範囲の同定に役立っています。また全国に先駆けて手術翌日から早期離床、経口摂取を開始し、合併症を減らし早期退院を実現させています。過去10年のデータでは、年間66~109件の肝切除術が行われ、術後在院日数(手術から退院までの日数)の中央値は10日間となっております。
当科は、多数の施設から切除不能と診断された方(ご高齢者を含む)を御紹介いただき、様々な方法で肝予備能改善、化学療法による腫瘍縮小、合併症のコントロール等の工夫をして切除しております。また肝硬変に合併する門脈圧亢進症(後述)に対する治療を多数行っておりますので、難しいと言われている肝硬変の術前術後(周術期)管理が可能となっております。
当グループの主な対象疾患は下記のとおりです。
【悪性疾患(がん)】
・原発性肝癌(肝臓癌)
肝臓から発生した癌です。肝細胞に由来する肝細胞癌と肝内胆管に由来する肝内胆管癌が代表的な疾患です。切除可能な場合は手術を行うことが推奨されています。肝予備能や切除後の肝容積、腫瘍の大きさや位置に応じて、肝臓の切除範囲や、どのような方法(開腹手術や腹腔鏡手術)で手術するかなど、適切な手術方法を検討し行っています。肝細胞癌においては、消化器肝臓内科、放射線科と連携して、ラジオ波凝固療法や肝動脈化学塞栓術、分子標的薬を使った治療など手術治療以外の治療も行っております。また、初発の肝細胞癌だけでなく、再発症例(開腹症例も含む)においても積極的に手術を行っております。腹腔鏡下再肝切除術は、拡大視効果によって、狭い空間でのピンポイント手術も可能であり腹腔内(おなかの中)において、前回手術の癒着を必要以上に剥がす必要がなく、また整容面でも優れており、身体への負担を減らせるものと考えています。
・胆道癌
胆道(胆管や胆嚢)に発生した癌のうち、胆嚢にできた胆嚢癌や肝臓に近い胆管にできた肝門部領域胆管癌が肝切除の必要な代表的な疾患となります。手術は、肝臓と胆管を含めた切除、切除した胆管と消化管を繋ぐ(吻合)ことが行われ、その術式には多くのバリエーションがあります。大きな手術になることがあるため、安全面を第一に、術前の入念な準備と術後管理を行っています。
当グループでは胆道癌で最も重要な手術前診断・評価や、内視鏡検査、処置など、手術へ直結する治療(黄疸に対する胆道ドレナージ)も行っており、最適な状態・タイミングで、最良の手術を受けられるよう心掛けています。特に肝門部領域胆管癌では大量の肝切除が必要になるケースがあるため、門脈塞栓術(注1)を施行し、大きな肝切除や肝内の深部胆管までの切除を安全に行えるようにしています。また手術中に切除断端における癌の有無を病理医に顕微鏡で検索してもらい、癌細胞が残っている場合は追加で切除しています。
また非手術的治療として、QOLを重視した胆管ステント治療や、放射線療法、化学療法を積極的に実施しています。
・転移性肝癌(肝転移)
肝臓以外の臓器にできた癌が肝臓に転移したものを転移性肝癌といいます。大腸癌の肝転移や腎臓癌(腎細胞癌)の肝転移などが切除の対象となる代表的なものです。特に根治切除が難しいと考えられる大腸癌の多発肝転移症例には、抗癌剤に分子標的薬を併用して複数回に分けて肝切除を行うなど、集学的治療で症例ごとに適切な治療方法を考えています。また、食道癌や胃癌、膵内分泌腫瘍の肝転移症例も切除の対象となる場合もあり、切除が望ましいとされる症例には、可能な限り肝切除を行っております。前述のように、再肝切除術症例にも、積極的にICG蛍光シミュレーションシステムを併用した、腹腔鏡での肝切除を行っています。他院で切除が難しいと判断された方もご相談ください。
・周術期管理
合併症の発生が少ない安全性の高い肝切除術を行うためには、手術は元より手術前後の管理(周術期管理)が重要です。当科では肝切除術の周術期管理に力を入れており、安全性を高めるために様々な工夫をしております。
① 術前の入念な画像診断
術前に様々な画像診断により、腫瘍の性質、局在、血管等との関係を入念に検討し、数回のカンファレンスを重ねて手術に臨みます。
② 術前処置
肝予備能低下症例に対しては、あきらめずに術前に門脈塞栓術(注1)、部分的脾動脈塞栓術(PSE)(注2)等で全身状態を改善させます。また食道胃静脈瘤症例には術前に内視鏡で治療します。腹水コントロール、アミノ酸投与による栄養状態の改善等も行い、より良い状態で手術に臨みます。
③ 超音波検査
周術期には主治医が頻繁に超音波検査を施行し、肝臓への血流、切除部周囲の異常をチェックします。頻繁に施行することでトラブルの発生を早期に診断対処できます。
④ 早期離床・経口摂取
術後は早期に離床(歩行)していただきます。早期に離床することは合併症発生の防止につながります。また早期の経口摂取は肝臓への栄養、腸管運動の改善につながり、回復を早めます。
他院で切除が難しいと診断された方も是非ご相談ください。
【肝良性疾患】
・肝嚢胞
症状を有する肝嚢胞に対する治療も行っています。肝嚢胞は肝臓の中に水が溜たまる病気ですが、これが大きい場合、他の臓器を圧迫するなどし、腹部の膨満感や痛みなどの症状が出る場合があります。また、嚢胞内出血や感染合併例も治療の適応です。我々は、巨大肝嚢胞や多発性肝嚢胞に対する治療も積極的に行っており、症例に応じて単孔式(1つの創で行う)の腹腔鏡手術(腹腔鏡下肝嚢胞切開術)も行っています。また巨大肝嚢胞や多発性肝嚢胞に対して、経皮的ミノサイクリン注入療法を施行し、良好な成績を報告しております。これは皮膚から嚢胞内に細い管(カテーテル)を挿入し、ミノサイクリン(抗生物質)を注入する方法です。
特に多発性肝嚢胞に対して施行している施設は殆どないため、他施設から御紹介いただいております。是非、ご相談ください。
・良性肝腫瘍
巨大な肝血管腫や限局性結節性過形成確などの切除の必要性のご相談や、確定診断のつかない肝腫瘍などの診断や切除もご相談ください。
【肝硬変・難治性腹水、門脈圧亢進症・食道胃静脈瘤】
・門脈圧亢進症
肝硬変に代表される門脈圧亢進症の治療を多数行っております。
胃、小腸、大腸、脾臓、膵臓など消化管・腹部臓器の殆どは各々の動脈から血液が入り、静脈から出て行きます。肝臓には肝動脈と門脈の2種類の血管を通して血液が入り、肝静脈から出て行きます。2種類の血管が入る臓器は肝臓だけです。消化管・腹部臓器から出てきた静脈は門脈に集合し肝臓に入っていきます。肝硬変つまり肝臓が硬く変わってしまうと、門脈は流れにくくなり圧が上昇します。門脈圧(正常値10-15cmH2O)が常に20cmH2O(14.7mmHg)以上に上昇した状態が門脈圧亢進症です。
門脈圧亢進症になると、消化管・腹部臓器から出てきた静脈血流は肝臓以外へ逃げ道(側副血行路)を作ります。食道や胃の静脈を逃げ道にすることが多く、食道胃静脈瘤を形成します。食道胃静脈瘤は圧が高いために静脈が瘤(こぶ)のように膨らむ状態です。食事が通過する場所ですから、胃酸などで表面を損傷した場合に大出血をきたすのです。
当グループでは、食道静脈瘤に対する治療法として内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)を2ヶ月毎に計3回治療するBi-monthly法を考案し、良好な成績を収めるとともに短期入院を実現させています。また難治例に対する治療法である塞栓術、手術療法(腹腔鏡下Hassab手術等)も多数施行しており、患者さんの状態に適した治療法を選択いたします。
また門脈圧亢進症では、腹水が出現する場合があります。利尿剤などの内科的治療によりコントロールができない難治性腹水に対しては、腹腔内の腹水を直接静脈に還流する腹腔静脈シャント手術(デンバーシャント)を行い、症状を緩和しQOL(生活の質)を改善させています。
門脈圧亢進症では、脾機能亢進症(脾臓が大きくなり血小板などを減少させる)が出現します。当グループでは脾機能亢進症に対し腹腔鏡下脾臓摘出術も施行していますが、脾を温存する部分的脾動脈塞栓術(PSE)(注2)も多数施行しております。
門脈からの逃げ道が多くなると肝臓で処理されなければいけないアンモニアの血中濃度が高くなり、意識が朦朧となり時には昏睡状態(肝性脳症)に陥ります。そのような高アンモニア血症に対しては、原因である血管を塞栓(詰める)するとともにPSEを施行する方法を開発し、再発率を低く抑えることができた事を報告しております。
(注1)門脈塞栓術
肝臓には全体の約60%を占める右葉と、約40%を占める左葉があります。肝機能が正常であれば肝臓全体の約60%の切除が可能で、切除後1ヶ月で元の9割以上の大きさに戻ります(肝再生)。しかし原発性肝癌は慢性肝疾患を基礎に持っている方が多いため、肝機能(肝予備能)が正常ではなく60%肝切除は難しくなります。また肝門部領域胆管癌も大量肝切除が必要で、転移性肝癌も小さな単発ならば切除可能ですが、大きな腫瘍や腫瘍が複数個存在すると大量切除が必要となります。しかし肝臓を切除する際に残った肝臓が少なすぎると、肝不全(肝臓の機能が不足した状態)となり、生命を脅かす状態に陥ります。このような事を防ぐために、大量に肝切除が必要な場合には、手術前に切除予定の肝臓に流入する門脈を塞栓(詰める)します。門脈塞栓すると塞栓されていない門脈が流入する(残す予定の)肝臓が大きくなり(再生し)、ある程度再生したら肝切除を行います。つまり切除してから残った肝臓を大きくするのではなく、大きくしてから切除するのです。
(注2)部分的脾動脈塞栓術(PSE)
日本医科大学が得意とする治療法で、多数例の経験があり論文も多数報告しています。脾臓の動脈から塞栓物質(スポンジ)を注入し脾臓の一部を梗塞させます。治療後には血小板(止血に必要な血液成分)が上昇し、門脈圧が下がり、肝機能が改善することを報告しています。肝切除前、脾機能亢進症、食道胃静脈瘤、門脈圧亢進症性胃症などの病態に対し施行しております。
全国から多数の難治例の御紹介があり、治療後に地元に戻っていただいております。
他施設で難治例と診断された患者様なども含め、セカンドオピニオンもお受けしております。
患者さんにご納得いただける質の高い医療を行っていきたいと考えております。お気軽にご相談ください。